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2016年最後の日に思う

2016年も最後の日になりました。
多くの人が感じているように、年々時の加速度がアップしているようで・・・

つい数日前に、近所の神社に初詣に行った記憶があるのに、今夜、12時過ぎたらまた行く予定です。
感覚的には「年に何回初詣に行くの?」って感じです。

今年は、1月10日にDavid Bowieが亡くなり、その悲しみをうまく受け止められないまま、モヤモヤとした気持ちで1年が過ぎて行きました。
(1月の不思議軍WEB『悲しみを拗らせ中』『David Bowie With Me』参照)
http://fushigigun.com/2016/01/

訃報を知り、何日かしてからLa.mamaで、今年の初LIVE、ソロ弾き語りで出る予定でしたが、急遽Mick Ronson Memorial Bandのギター、りょうちゃんを誘って、2人でBowieの曲をアコースティック・カヴァーで演奏してきました。
(動画貼り付けておきます)

特に追悼とか、そういう気持ちもわかぬまま、Bowieに関するMCも一切なく、なんとなく平淡な気持ちでBowieの曲を演奏しました。

夏には久しぶりにMick Ronson Memorial Bandとしてカニ坂ロックフェスのステージに立ち、Bowieの曲を演奏しました。

個人的には、ここで、少しは、しっかりと悲しみを受け止められるかな・・・下手したら泣いちゃうかしら・・・ぐらいに思っていたのですが、ここでもまだ受け止められぬまま、本日にいたっております。

その間にも2016年、本当に多くの訃報を聞きました。
これほど、大事な人が次々に亡くなってしまう年って今までに無かったよね?

オレの心に少しでも何かを残した人の訃報に接する度に、心ざわめき揺さぶられるのですが、David Bowieの死を理解出来ずにいるオレは、本当になんだかよくわからないホワ~ンとモヤモヤとした霧の中を歩いているような気分のままで大晦日を迎えてしまいました。

来年の抱負は、David Bowieの死を受け止める事です(笑)


40年目の真実 – マルートからのスホーイ

ほぼ40年間抱え続けていた謎がひとつ解けたというお話。

以前このブログで、中二病全開のこのノートを紹介いたしました。
PANTAX'S NOTE
http://fushigigun.com/2015/05/17/pantaxs-world/

(以下、一ファンモードの部分は、文中敬称略にて失礼いたします)

簡単に説明いたしますと、オレが高校生の頃に発売された、PANTAの1stアルバム『PANTAX’S WORLD』と2ndアルバム『走れ熱いなら』には、歌詞カードが入っていなかった。
そのため、その2枚のアルバムを必死にヒアリングして歌詞を書き起こしたのが、このノート。
(なんでそんな事をしたのかというと、レコードを聴きながら、一緒に歌いたかったから)

いやぁ、ものすごく苦労いたしました。
なかでも、超大名曲にして超大作の『マーラーズ・パーラー』!!

(一見)脈絡も無く、次から次へと出てくる単語、短文でアバンギャルドに綴られている難解な歌詞には、文脈からの推測という手段が一切通用しない。

はじめの一節だけ記してみても

♪ろくでなし野郎赤い羽根 ミシンをかついだギタリスト 傘をかぶったベーシスト おいらは銀河のニヒリスト

と言った具合なのだ。

それでも、一字一句聞き逃すまいと、何度も何度もレコードに針を落とし続けた10代のオレ。
しかし・・・どうしても分からない所が何ヶ所も・・・当時のオレが把握していた語彙範疇を超えた単語達や、ただ単になんだかよく分からなかった単語達。
そんな単語達は、仕方なくカタカナやひらがなで書き込まれている。

 
そして時は経ち1980年。
 

オレもそろそろ20歳になろうかという頃に発売されたPANTA&HALの2枚組ライヴアルバム『TKO NIGHT LIGHT』
なんと、このアルバムには『マーラーズ・パーラー’80』という曲が収められている。
アレンジは違えど歌詞は『マーラーズ・パーラー』と(ほぼほぼ)同じ!
 

さらに!
 

なんと!
 

歌詞カードがちゃんと入ってる!!

遂に答え合わせの時がやってきましたよ。
(以下右端()内は心の声)
 

誤)『君は浮気なリッタリハク』(何?)
正)『君は浮気な李太白』(誰?)
 

誤)『203連の脈拍が』(???)
正)『2拍3連の脈拍が』(音楽を続けてきた今なら分かる!けど不整脈?)
 

誤)『みそめたブーシに阿波踊り』(みそめた節??クレージキャッツ的な何か?)
正)『見染めたブル新泡踊り』(ブル新ってブルジョワ新聞!左翼用語?で、泡踊り・・・そっちかい!)
 

誤)『そそくさ逃げ出したアイクク』(???)
?)『そそくさ逃げ出した・・・』(答え合わせ出来ず、しかし後になぜかどこかで意味を知る、なるほど)
 

誤)『きのきやめあてのテロリスト』(??????)
正)『ピノキオ目当てのテロリスト』(なんでピノキオ出てくる?)
 

誤)『エスモールはごめんだよ』(何?)
正)『E♭m(エスモール)は御免だよ』(発音はあってたけど、そういう言い方するの知らなかった!)
 
 

どういうわけか、最難関の『パインカフェインB』の部分は、ほぼ正答で『パインカフェインビー』と記されている。
これは、当時、PANTAさんの家に遊びに行った友人Aが、歌詞を見せてもらって、そこには「パインカフェインB」と書いてあった、という情報を得ていたから。

いやはや、誤答をさらすのってなかなか恥ずかしい行為ですね。

しかしだ!!

どうしても納得のいかない部分がひとつだけ残った。
 

誤)『マルートゲラゲラ腹を抱えて』(???)
正)『中朝ゲラゲラ腹を抱えて』(ん!?・・・1stアルバムでは、中朝なんて歌ってないよね???何度聴いても中朝とは聞こえませんがな・・・)
 
 

そして、さらにさらに時は経ち
 
 

昨日
LIVE前のPANTAさんの楽屋で、PANTAさん持参のLIVE用譜面集(というかほぼ歌詞集で所々コードが書き込まれている)を見せてもらう(というか盗み見る)機会があった。

そこで見つけた『マーラーズ・パーラー』の歌詞!
一番の疑問箇所をさっそく探し出す。
 


 

やはり
 

『中朝ゲラゲラ腹を抱えて』と書いてあった。

う~む、おかしい・・・納得いかない・・・

勇気を出して訊ねてみた。

「PANTAさん、ここ、『PANTAX’S WORLD』では、中朝って歌ってないですよね?」

P「ん?そう?何て歌ってた?」

「(自信無く)マルート??」

P「え?マルートって歌ってる!?マルートっていうのはインドのジェット戦闘機で」

ここまで聞いた時点で、オレも「おおっ!!」と思ったわけですよ。
というのは、この後出て来る歌詞が『今日もスホーイ モンゴル越えて』
スホーイというのは、ソ連のジェット戦闘機。

『マルート ゲラゲラ腹を抱えて 今日もスホーイ モンゴル越えて』
これ!

マルートからスホーイへの流れが、すごく美しいじゃないですか?(軽く興奮気味)

PANTAさんも、もちろん、その戦闘機つながりを説明してくれましたが、では、なぜ、『マルート』が『中朝』に?

「どうして中朝に変えちゃったんですか?」

P「う~ん・・・分かんない(きっぱり)」

ええええっっ!!!
分かんないって・・・せっかくの戦闘機つながりを崩してまで変えた歌詞の理由が分からない・・・って。

ほぼ40年間、抱え続けてきた謎が解けて、晴れ晴れとした気持ちで軽く興奮状態になった直後に、さらに大きな疑問が降りかかるとは!!!

しかも、ご本人様が「分からない」と断言している以上、この疑問は解ける事はないのかなぁ
 
 
 
 

この夜のLIVE
「和久井光司の言わずに死ねるかッ! vol.25」 @クラブチッタ川崎アティック
では、和久井さんの提案により『マーラーズ・パーラー’80』風にアレンジした『マーラーズ・パーラー』を披露してくれました。
(メチャクチャかっこ良かった!!)
そして!歌ってくれました!!

♪マルート ゲラゲラ腹を抱えて 今日もスホーイ モンゴル越えて

『PANTAX’S WORLD』で体に染み込むほど聴き馴染んだこの言葉の流れ!
(しかし、その後のLIVEでは、一切聴く事のなかったこの言葉の流れ!)

個人的に大興奮!!
(たぶんここで興奮しているの会場中でオレだけ)
 
 

LIVE後、もう1度この件に関してPANTAさんと話す事が出来ました。

「『PANTAX’S WORLD』の後、LIVEでもほとんどマルートって歌ってないんですか?」

P「歌ってないねぇ」

「なんで中朝に?」

P「マルートなんていっても誰も分からないからじゃないかな」

う~ん・・・確かに、分からないけど、次にスホーイが出てくるのだから、ここはマルートで行って欲しかったなぁ
というのがファンとしての本音。
わかった時の「なるほど感」半端なかったし。

とはいえ、この日聴く事の出来た超貴重なマルート版『マーラーズ・パーラー(’80風)』は、オレにとって大きな宝物になりました。
 
 
 
 

(蛇足かも知れませんが)もうひとつ裏話を

P「『1000メガヘルツ』って歌ってる?」

「♪彼女は逆立ち1000メガヘルツ~(と、ちょっと口ずさんでから)歌ってます。」

P「そこ、最初のうちは『中ピ連』って歌ってたんだよな。」

「彼女は逆立ち中ピ連」うむ、なるほど。
意味的には、中ピ連で良いかも知れないけど、音の流れ的には1000メガヘルツの圧勝ですね。

というか、このエピソードはどこかで、読んだか、聞いたか、した事あるかも知れない。


『シン・ゴジラ』を二度観てこんな事を考えていた私

(重要なネタバレ一切無し)

去る8月某日、映画『シン・ゴジラ』を大変楽しく鑑賞いたしました。
そして鑑賞後に「もう1度(いや何度か)観たい。」と発言していた所、なんと!
友人から特別前売券をいただき、二度目の鑑賞に臨むことが出来ました。

シン・ゴジラ

さて、二度目の鑑賞、心静かにひとりスクリーンに向かいます。

非常にリアルに描かれた政府(および民間)の未曾有の危機に立ち向かう姿を見ながら、私は漠然とこんな事を考え始めました。
(二度目ですから心に余裕があるのです)

「天皇陛下は?皇室の方々は大丈夫なのだろうか?」と。

政府の対策室は、当初「巨大生物のはずはない。」「上陸するわけがない。」と考えていたわけで、その時点での避難はしていないはず。
となると、ゴジラ東京上陸後も天皇陛下は皇居にいたのではないのだろうか・・・?

ゴジラ対策のために全身全霊を傾けていた人々がいる影で、天皇陛下を無事に避難させるために動いていた人々もいたのではないだろうか?

天皇陛下自身はどのような決断をされてどうのように行動していたのだろうか?

妄想は止まりません。

あのお方の事だから、皇太子一家と秋篠宮一家をそれぞれ別の所に避難させ(葉山や那須では近すぎるからもっと遠く、もしくは海外へ)、御自身は東京と運命を共にする事を選ばれたのではないだろうか?

もしかしたら極秘裏に大国魂神社あたりにこもられ、国の一大事の時のみに行われるという祈祷的な事をされていたのではないだろうか?

ああ・・・そんな皇室を巡るあれこれを超リアルに描き出した緊迫感たっぷりの映画を観てみたい。
(色々な意味で無理だと思うけど)

この妄想に絡めてもっと色々語りたいのですが、これ以上語るとあれやこれやネタバレ発言をしてしまいそうですので、この辺りで筆を置く事といたしましょう。
筆持ってないけど。


David Bowie With Me

(前項「悲しみを拗らせ中」のつづきです)

これまで色々な所で発言してきたのですが、David Bowieの歌があったから生きてこられた、というような気持ちがオレにはあります。

つい最近も、APIA40の機関紙「あたふた」2015年11月号に、そんな内容の一文を載せてもらっておりますが。
特に10代の心の内側が荒れていた頃に、David Bowieの歌がオレのそばにいてくれたのは、本当に大きな救いでした。

そんなDavid Bowieに対する感謝の気持ちを歌った詞がオレにはあります。
David Bowieの曲『Rock’n’ Roll With Me』の歌詞を勝手に意訳したものです。

Rock’n’ Rollという部分をDavid Bowieに置き換えて聴いていただくと、より真意が伝わるかと思います。

これまでにいくつか洋楽曲に日本語の歌詞をつけて歌ってきましたが、David Bowieの曲を取り上げるのは、オレにとって最もハードルが高く難しい事でした。
ただ、この曲に日本語歌詞をつけてみようと決めてからは、不思議とスラスラと出来上がってしまったのです。

詞の内容は、ものすごく赤裸々にバカ正直に現在に至るまでのオレの生活、心情、状況などを歌ったものです。
これほど私的な内容の歌詞は、これまでに書いた事がありません。
で、何が言いたいのかというと・・・なんだ?(笑)
あぁ、David Bowieの死に接して、多くの方が、どれだけDvid Bowieを愛していたかとか、色々書き込みされていて、オレも何か書きたいんだけど、うまく書けなくて、だからね、これ聴いて下さい。

1年半ほど前に作ったものです。
最大限の感謝を込めて

ありがとう!


悲しみを拗らせ中

不思議軍隊長のどるたんです。

David Bowieの死を知ってから3回目の朝を迎えました。
正直な所、まだ全くと言っていいほどその事実を受け止めきれていません。

色々な人が発言しているような「スターマンが星に還った」という考え方も、なんだか素直に受け入れる事が出来ません。
「RIP」的な言葉も、今のところオレの口からは出てきそうにありません。

なぜならその事実を受け止めきれていないから。

思えば、「いつかこの日が来る」という事をオレは何度も頭の中でシミュレーションしてきました。

John Lennonが逝ってしまった時には、あまりにもショックが大きくて(たぶんこの人生で経験した、もっとも大きな悲しみと怒りはその時だったと思うのですが)随分と時間が経って、ある程度心が落ち着いてきた時に
「もしもDavid Bowieが逝ってしまったら、オレはどうなってしまうのだろう・・・」
と考えていました。

近年で言えば、Kevin Ayersが逝ってしまった時、Lou Reedが逝ってしまった時。
大きな悲しみが押し寄せて来る瞬間がありました。
そして、しっかりと彼らの音楽を聴き、歌い、ある意味ちゃんと死を受け止め、受け入れ、追悼モードに入る事が出来ました。
その時にも、少し時間が経ってから
「もしもDavid Bowieが逝ってしまったら、オレはどうなってしまうのだろう・・・」
と考えていたのです。

そして、ついにその時はやってきてしまったのですが・・・
さて、オレはどうしているかというと、ふつうです。

少なくとも表面的には、ふつうです。

と書いていたら、今、心の内側(肉体的にいえば心臓の辺り)がゾワゾワゾワとしてしまいましたが。

まあ、表面的には至ってふつうなのです。

だからしっかり追悼モードに入って、痛飲したりBowieの曲を聴きまくったり泣きあかしてしまったりした人の書き込みを見ると、ちょっと羨ましいような気持ちになってしまう事もあります。

この日をシミュレーションしていた時のオレは、「どれだけ大きな悲しみが襲ってくるのだろう」と恐れていたのですが、全くちゃんと悲しむ事が出来ません。
やってきたものがあまりにも大きすぎて逆に気がつかないのかも知れません。
受け止めきれないから表面的には気がつかないふりをしているだけなのかも知れません。

悲しみを拗らせているのでしょう。

なので、その前後のオレの行動を書いてみようかと思います。

David Bowieの死を知る前夜、発売されたばかりのBowieの新譜『★』をYouTubeで全曲聴き、「Lazarus」のPVを見ました。
YouTubeで、というあたりがファンとしては大失格なのですが、正直今のオレは、10円の金にも困る事があるぐらいの貧乏な生活をしていますので、お許し下さい。

その時、感じた事をTwitterでつぶやいております。

『david bowieの★ まぎれもなくオレの大好きなdavid bowieなんだけど、心の深い部分をえぐられるような痛みを感じてしまう。ちょっと聴くのがつらい。オレの受け取り方がいけないんだろうけど・・・時間をかけてじっくりつきあっていきたいと思います。』

そう、大好きな世界でした。
曲も、声も、全てが大好きなDavid Bowieでした。
特に伸びやかで艶のある声には、この歳にして!という驚きも感じました。

ただ、
この人は今でも(狂気の世界的な)ダークサイドに囚われているのだな。
穏やかな生活を手に入れたであろうと感じていたわけだけど、心の奥深い所は変わらないのだな。
なんだか悲しいな(嬉しくもあるけど)・・・一生こうなんだろうな。
でも、それが、オレの大好きなDavid Bowieなんだよな。

みたいなあれこれを勝手に考えてしまって、つらい気持ちになっていたのです。
それは、歌詞もまだよくわからずに、ビデオの印象、曲の印象だけから受け取った、勝手な勘違いであったと今では分かります。
翌日、その日はやってきました。

高井つよしのLIVEを見るためにAPIA40に向かったオレは、早めに現地に到着、近くの駐車場に車をぶち込み、iPhoneを手にすると、ニュースサイトで「デビッド・ボウイ氏死去」的な見出しを目にします。

一瞬思考停止。

とりあえずFacebookに「えっ!!?」とだけ書き込む。

ふだん、こういう、誰の事を言っているのか、何の事を言っているのか分からない、独り言的な書き込みって、目にするの好きじゃなくて、だから自分では絶対やらないようにしていたのですが、思考停止状態だったので仕方ありません。

そして、この件に関しては、これ以上の情報を、誰かの「RIP」的な書き込みで知りたくない、と即時判断し、Facebookを閉じ、信頼できる方(隠す必要もありませんね、belne先生です)のTwitterへと移動。
そこで、冷静に正確に書き込まれている情報により、しっかりとその時点で発表されている情報を知り、事実である事を確認しました。

車のシートを倒し、しばらくボーっとしていると、同じ頃訃報を知ったであろう、「オレのミック・ロンソン」ことリョウちゃんからLINE。
「どうしようデヴィッド・ボウイが死んじゃった」的な。

まだ全然(というか今も)悲しみにも襲われてなく、追悼モードにも入ってなかったオレたちは、ふつうにやりとりして、「20日にLa.mamaでボウイの曲やろうかな」「それはいい、オレも出たい」と、急遽20日(水)にLa.mamaで2人でボウイの曲をやることなどを、その場の流れで決定。

一応ちゃんと告知しておくと

1月20日(水)
渋谷La.mama

Natural Beat Depot vol.8
VOLOMUSIKS / 大野英樹 / どるたん / and more!!

OPEN/START 18:30/19:00
ADV/DOOR ¥2400+D/¥2900+D

今年1発目のLIVE
ひとりで弾き語りをするつもりだったんだけど、リョウちゃんと一緒に出ます。

まあ、そんな事も決まりつつ、まだ時間もあるので、ボーっとしつづけました。

今夜は人のLIVEを観る余裕ないかも・・・なんて考えも浮かびつつ、目を閉じていると、Bowieの歌が次々と頭の中に流れてきました。

少しすると、10代の頃、その歌たちを聴いていた時の、風景、匂い、そして気持ち等が一挙に、くっきりと、バンッという感じで心の中に浮かんだ瞬間がありました。
その時、少しだけ泣きました。

そんな風に軽くひと泣き出来たのが良かったのか、ちょっと気持ちを持ち直し
「大丈夫、この夜に高井つよしのLIVEを観られるなんてラッキーじゃん。」
ぐらいの気持ちで車を降り、APIA40に向かいました。
開演。
この日は4組が出演。

全く何ひとつ心に届かない歌を聴き。
他人の悲しみに勝手に脚色し、悲しいだろ?悲しいだろ?と押し売りするようなおぞましい歌を聴き。
そんな歌達を、不思議と平穏な気持ちで聴き流し。

その後、浅井永久の真摯な表現、言葉、演奏、そして歌をしっかりと受け止め、心に刻み。

ラストは高井つよしのステージ。
彼とBowieの話をした事はほとんど無いけれど、彼の歌の中にもDavid Bowieが生きている事は、知っている。
何も語らずとも、この日、彼がどんな気持ちで演奏していたのかも、伝わってきた。
寡黙であるが故により強く伝わってきた。
そして何度か涙を流した。

この日、高井つよしのLIVEを観る事が出来て良かった。
そういう夜だったのだ。
終演後少し打ち上げに参加して、その後は、寄り道して、信頼出来るボウイ仲間に会いました。
2人とも、全く受け止めきれていないので、至ってふつうにお互いの困った性癖の事など語り合い、時に爆笑したりしながら数時間を過ごし、解散。

まあ2人とも悲しみを拗らせている最中なので、この後どうなってしまうのか不安ではありますが、図らずも楽しい時間を過ごしてしまいました。
果たしてこれで良いのだろうか?(笑)

その時を境に、何故か、あれほど心に痛かったBowieの新譜『★』を平穏な気持ちで聴くことが出来るようになりました。
ふつうは逆だろう!?とも思うのですが。

次の朝、SNSのタイムラインはDavid Bowieで溢れていました。
自分がどれだけDavid Bowieを愛していたか、近しい存在だったか、今どんなに悲しい気持ちでいるか、David Bowieがどれだけ偉大な存在だったか、本当に色々な書き込みがありました。

しかし、まだこの時点のオレには、何か書けるような心の整理は出来ていませんでした。(今も心の整理は出来てないけど)

そんな中いくつかの書き込みが心に触れ、涙が出ました。具体的に言っちゃうと、belne先生とマドンナ。

そうやって何かが心に触れるたびにちょっとずつ泣いたりしているのですが、ちゃんと悲しむ事は出来ずにおります。

まだこの世界にBowieがいなくなってしまったという事をしっかりと受け止めきれていないオレなので、やっぱりまだまだ「RIP」なんて言葉は出てこないのですが、ひとつだけ心から言える言葉があります。

「ありがとう」

(つづく)


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