今日の朝日新聞の文芸時評、作家・詩人の松浦寿輝が書いてるんだけど、オレ、こういうの本当に嫌いなんだよな・・・
 
あらすじ書いて、感想書いて、小学生の読書感想文か?
 
一番ひどいと思ったのは、浅川継太「ある日の結婚」(群像7月号)に対する評。
あまりにひどいから、途中まで書き写しちゃうよ!
 
(引用ここから)
始めのうち、男女の偶然の出会い、映画館でのデート、肉体関係と、尋常なステップを辿って進展してゆく平凡な恋愛小説の外観をまとっている。だが、こんなものかと高を括りつつ、生あくびをしながら読み進めているうちに、突如とんでもない展開になっていくのでわたしはぎょっとして、思わず膝を正し字面に目を凝らすことになった。
(引用ここまで)
 
とな。
で、この後、なんでぎょっとしたかを
「何と二人は互いの・・・」
てな調子で全部書いていやがるんですよ。
事細かに情景描写までね。
 
これさぁ・・・
あんたが書いたこの評を読んだ人は、誰ひとりとして、「ぎょっとして膝を正す」ほどの衝撃に出会えなくなるわけだよね?
 
分からんのか?
 
せめて(ネタバレあり)とでも、書いてあれば注意して読むけどさ。(笑)
 
さらに最悪なのは、(あえて伏字にするけど)
 
○○○○○○○○○○○○○○○(○の数は適当)して彼らが街に出てゆくラストシーンは圧巻だ。
 
だと。
ラストシーンも教えてくれたよ、この人。
 
「圧巻!」って感じる人誰もいなくなっちゃうだろ?
これ読んだら。
 
圧巻のラストシーンを「ああ、なるほどね」のラストシーンにしちゃってるじゃん!
 
なんだろうな、別に文芸時評は宣伝じゃないんだから、こういう事書いていいのかも知れないけど、自分以外の読者の事を何も考えてないバカなんじゃねえの?こいつ。
 
って、オレは思ってしまうわけです。
 
いや、文庫のあとがきになら書いても全然OKですよ。
 
映画が終った後になら、淀川長治先生や、水野晴郎さんが、どんなに細かい感想言ってもかまいませんわ。
「主人公が殺されるこの場面!衝撃的でしたね!」
って言ってもいいわけですよ。
その衝撃をみんなで共有した後だからね。
 
でも、映画がはじまる前に出てきて、それ言わんだろ?
 
このまま、こいつに文芸時評だの書評だの書かせておいたら、ミステリーの謎解きだろうが、何だろうが、得意気に語っちゃうと思うぞ。

 
いいのかそれで?